渡辺啓助の部屋
本館
拾之巻 神にも屈しなかった鴉のヴィセンテ
九之巻 ノアの方舟の水先案内
八之巻 死の画家が尊敬する相棒
七之巻 ミシュレが見かけた鴉教授
六之巻 倫敦塔に住む六羽の鴉
五之巻 日本にみる鴉信仰
四之巻 ゴッホの傑作「鴉の居る麦畑」
参之巻 黒の内部に秘められた美
弐之巻 アラン・ポーの長詩『大鴉』
壱之巻 誰でも一度は鴉だった
第一別館
拾五之巻 『楢山節考』の鴉の群れ
拾四之巻 名作『月山』の人間鴉
拾参之巻 鴉にだまされた美女
拾弐之巻 黒い妖精を拾った鴉
拾壱之巻 鴉の黒への偏愛

  非常に風変わりなその画集には『死の画家ティスニカル』という題名がついている。その画集の外箱には一羽の鴉が画面いっぱいに、はみだすばかりの大きさで描かれていて、何気なく見た瞬間、ハッとして後退あとずさりしたいほど不気味な威圧感があふれているのだ。これが死の画家が愛したという死の鳥かしらと早合点しがちである。
ヨージエ・ティスニカルは一口で言えば稀に見る異常人である。

dare_p036しかし、彼くらいやさしい人間はめったに見当らないことも確かである。彼は言ってる「平和に暮らしなさい。何となれば人生は愛以外のことをするには余りにも短すぎるから」。
この画集は、本人が出したわけではなく、美術研究家のネボイシア・トマシェヴィッチがいやがるティスニカルを辛抱強く何べんも何べんも説得して、やっと彼の承認を得たものである。
ヨージエ・ティスニカルは学歴は小学校卒だけであり、貧乏人の息子で絵画の素養などはまるでなかった。職業的経歴もただ労働者であり、そのまま軍隊にとられて、その際、野戦病院に配属され、看護卒としての職歴が少しばかりあるだけであった。
除隊になってユーゴスラビアの生まれ故郷ミスルニエ村に戻ってきた。そこはオーストリアとの国境近く、アルプス山麓地帯の小さな美しい村であった。それが第二次大戦後はすっかり荒廃してしまい、彼の生家も極貧であり彼は途方に暮れた。働き口を何とか探さねばならない。通りかかったスロヴェニ・グラデッツ行きのトラックに発作的にふっと便乗する気になった。手荷物など、ほとんど無きに等しかったけれど、鴉を入れた鳥籠だけは決して手放さなかった。12キロほど離れたスロヴェニ・グラデッツにつくと、トラックを降りて、一晩公園で夜明かしした。
目的はスロヴェニ・グラデッツ病院で働かせて貰うことだったが、就職のできる自信は毛ほどもなかった。夜が明けると、病院の戸のあくのを待って、すぐ飛びこんだ。
小学校卒だけの学歴ではどうしようもないのはわかっていたけれど、軍隊で病院勤務の経験のあることを知らせて、やっとのことで採用された。つまり看護人見習いとしてやとわれたのである。下働きのあらゆる辛い仕事――モップの拭き掃除、病室ベッドの整頓、食事時間の配膳係、洗濯から薪割りまで骨身を惜しまず働いた。
その実直さが買われて、まもなくこれまでの病室勤務から死体解剖部の常勤に移された。そこは病院内で一番寒々としていて、いわゆる見棄てられた死体公示所の一画である。死体公示所に接して剖検室があり、そこが彼の仕事場だった。
医師の指示にしたがって死体を解剖し、さらに復元するため、縫合、洗浄など、いろいろと気配りのる仕事をやり遂げねばならない。でき上ったら死体公示所へ死体を運び、遺族に引き渡すという段どりである。夜を徹してやっても、しらじら明けにかかる頃にやっと死体化粧が終るという重労働である。
ヨージエ・ティスニカルは、このようにして25年間約8千体の死者をとり扱ってきたのだ。dare_p038
彼は言う。
「全部完了してから死体は黒い布を掛けます。なぜ黒なのかとお思いでしょう。黒は悲しみの色なのです。死者の旗は黒なのです」
彼が「死の画家」といわれる理由は、8千体にのぼる「死骸」を実際に扱った、いわゆる臨場感覚を持っている人にして、初めて表現可能な絵を描くからである。普通人はちょっと見ただけで、後退あとずさりせずにいられないほど「こわい絵」だ。
それでいて、その絵がすばらしい傑作だということも分かる――死者との霊的交流が絶えることなく続いていて、生死のコミュニケーションがおのずから画面にしみわたっているからなのであろう。
そして、異様な色感を湛えた大きな鴉が生死ふたまたかけて行く渡り鴉の貫禄を見せて、彼の油絵にしばしば登場するのは、どういうわけであろうか。
彼は鴉について、こう言ってる。
「私は鴉を尊敬する。逞しく、やさしく、そうして賢く、その上、恐るべき生命力を持っている。おそらく人間の寿命の2、3倍は長生きするだろう。地球上の生物がみんな死に絶えてしまっても、鴉だけはなお生き続けるであろう」と。
これらの記述は、すべて「死の画家」をまとめた著者たるトマシェヴィッチが直接、画家ティスニカルからの聞き書きによるものである。それは並大抵の苦労ではなかったらしい。人嫌いで、引込み思案で、会うのは、死体と鴉だけに限られていたといっても言い過ぎにはならないくらい孤独な存在であったティスニカルである。剖検室の夜間勤務者としては、あるいは当然のことかも知れない。
dare_p039  彼は自分の描いた絵など公開するつもりは全くなかった。彼の絵は、死体とのコミュニケーションであり、死体に対する奉仕として熱意をこめて描いたものであるから、部外者に見せることを嫌い、拒否し続けた。
この画集を編集したトマシェヴィッチが、彼をユーゴスラビアが生んだ特異な天才画家として世に紹介したいという善意を了解させるために、少なからずヤキモキさせられたにちがいない。
ティスニカルは人の来訪をとても恐れていた。その最も大きな理由は、自室から絵を持ち出されるかもしれないとの懸念以外にひょっとしたら、籠に入っている鴉をも盗まれやしないだろうかとの危惧だった。
つまり、死体の絵と鴉はティスニカルにとって、他者の侵入を許さない聖域内に置かるべきものだったから。
それにしても、ティスニカルのような、毎夜、死体と対面しているような変人が、特に鴉にあれほど執着するというのも、とても解釈にくるしむミステリアスな問題点である。
強いて考えてみれば、そこが鴉がただの鳥ではない、単なる鳥以上の存在だということに、漠然とではあるが思いいたるのである。
鴉はどこへ行っても、だれに会っても、それなりに順応し巧みに相手に取り入って親近感を持たせてしまう奇妙な素直すなおさがあるのには、驚きいるよりほかはないのだ。死の画家ティスニカルが怪物であるように彼の飼っている鴉もまた一種の怪物であるに違いない。dare_p041
ティスニカルが、解剖された死体を念入りに復元し、化粧をほどこし終って、死体公示所まで運び、遺族の人たちに引き渡してから、自室へ戻って、今度は、今引き渡した死者の姿を描きあげる仕事にとりかかるのである。絵具も市販の製品を使わず、全部自家製の特殊な絵具である点も、すごく変っている。でき上がった絵はティスニカルの人柄が、そのまま滲みだしていて、まことに心霊的であるとでもいうのか、ミステリアスな不気味さにみちている。「死」の交流が鮮やかすぎて一見「怖い絵」である。
その製作ぶりをじっと見つめているのが彼の大鴉であることを思うと、彼の森閑とした孤独なアトリエにおけるこのふたつの生物の奇妙なからみ合いが、凡人の理解をはるかに超えた不思議な不気味なスリルに裏付けされた「心象風景」として浮かび上ってくるのだ。
こうして鴉には、ティスニカルにとってはお互に死を見守る相棒として非常に意味深いものが潜在していたのであろう。

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