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ずいぶん前の話になるが、ロンドンへ行った際、探偵小説の神さまコナンドイル作品の主役シャーロック・ホームズの住みふるしていたと仮定されたベーカー街を歩きまわり、それらしき場所を探し当てたけれど、たいして感慨も涌かなかった。すぐ間近まぢかのマダムタッソー館に立ち寄った。これもまた話で聞いたほどには興味をおぼえなかった。一歴史上の著名な人物(善悪を問わず)の蝋人形がずらりと並んでるだけで、似てれば似てるほど現実感リアリティが薄らぐ感じで、ほとんどは素通りしてしまう。
素通りせずに、ちょっと立ちどまって、見上げたのはヒッチコックの像だけだった。ヒッチコックといえば彼の作った映画はほとんど見ている。わけても強烈な印象を受けたのは名作『鳥』である。
「あれはからすじゃなかったかしら」
とよく想い出ばなしの中で訊かれるが、「あれは違いますよ」と即座に否定する。
「鴉なんかじゃない――全然、別の鳥が主として使われていますよ。――いかにも、ヒッチコックらしい着想で、さすがスリラー映画の名監督だけのことはあるが、あれは鴉じゃない――ほんとうに鴉を使ったら、もっと凄い出来栄えだったろうと思うが。――鴉はあれほど馬鹿じゃないからね」
そういいながら、私は必然的に、今村昌平監督の『楢山節考』を想い出さずにはいられなかった。というのは、あの映画にはとても沢山な鴉が使われているからだ。
原作の『楢山節考』(深沢七郎作)は、いわゆる「姥捨山」が主題であり、現代の高齢化社会の福祉政策というものをも再考しなければならぬ問題作である。
僻地の貧しい集落などでは姥捨ては当然襲ってくる問題であり、老耄ろうもうの労働力低下、再生産にあずからぬ穀潰ごくつぶしは生活共同体から排除されねばならない当然の倫理モラルである。
七十歳になると楢山まいりをしなければならぬということは荘厳な儀式として代々受け継がれてきている。
おりんはその日の来るのを待っている。憧れというと、やや大げさの表現になるが、あこがれに近い気持で待ち続けている。倅辰平の方は決心しかねてオドオドしたり渋りがちであるが、母おりんは息子を励まし、何一つ手落ちのないように用意万端ととのえて待ってるのだ。
いよいよ当日が来ると(むろん夜中である)、おりんは、ぐずついている辰平をひきよせ彼のしょっている背板に乗って、ぴったりと体をつけた。
くらやみの山道を一歩一歩辿ってゆく。
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  峠を越え、谷をわたり、尾根をつたって七谷までくると、目の前にそそり立ってるのが楢山で、それが死に場所と決められていた。
山を覆う楢林の間に、岩肌が点綴して、ここかしこの岩場には、それにもたれるようにして、白骨化した死体が数多く目についた。
鴉の群れが夥しい。
背負われたおりんは、もっと先へ先へ手を振って無言で辰平を促し続け、手ごろの岩が目につくと足をバタつかせて、ここで降ろせと強請するのだ。dare_p076  背からおりたおりんは、敷かれたむしろの上にすっくと立ったまま、手を出して辰平の手を握りしめ、それと同時に辰平の身体を今来た方角に向かせた。そして、いきなり辰平の背をどしんとついた。
こうした場合、辰平はふりむくことができない。ふりむかないことが山のおきてだから――。その山の誓いに従って、辰平は歩きだすほか仕方がなかった。
だいたいこんな風に、村のおきてに忠誠な母と子が描かれ、きびしくも哀しい情景がいっそう煽られるのは、カラスの登場によるものであろう。
こうした残酷なフィナーレの小道具に鴉が用いられるのは、鴉にはちょっと気の毒であるが、鴉としては自然の習性に従っているだけのことで、それが人間的倫理モラルと一致しないからといって、責められるべきではないであろう。鳥葬という考え方は人間側のひとりぎめにすぎないのだから。  楢山節のいわゆる姥捨的老人の自決行為が、その最後を鳥葬によって処理されるとは限らない。
楢山まいりの際は「雪が降ってくれれば幸だ」ということにもなっている。それは吹雪の中で凍死する場合もあるからだ。
鳥葬になる前に絞殺してやる配慮もあったに違いない。断崖から突き落とす例もある。
しかし、とにかく夥しい鴉の群れによって見るからに凄惨酷烈な情景を呈するのは、楢山詣りの自然的解決だと考えるほうがふさわしいのかもしれない。だから、鴉は凶鳥であり不吉な鳥だということになってしまうのである。
それはそれとして、映画『楢山節考』を撮影するにあたっては、楢山を覆うスゴイ鴉の大群をどうやって動員するか――監督は一千羽は無理だろうが、五、六百羽ぐらいのカラスは、ぜひ確保しなければならぬという。その五百羽を集めるのに、裏方はすごく苦労することになる。
一羽だって、そう手軽にはつかまらない鴉だ。それが五、六百羽となると無理な注文である。いろいろと思案投げ首で、この手はどうだろうとの発想にもとづいて、先ず豚を一頭犠牲にしてロケで決めている現場(ある信州の過疎村)の谷底へ臓物ごと散らかして谷底に投げ込んでおく――。そうすれば、その死体を目ざして鴉の群れが当然集まってくるに違いない、という目算だった。
ところが、ただの一羽も寄ってこない。
ということは、鴉から、こっちの腹がすっかり読まれていたことだ。ふだん、そのような素晴らしいご馳走があるべきはずのない所に在るということは何かそこに、それなりに理由があるに違いない。仕掛けのワナにうっかりはまるなという警戒信号が鴉仲間に発令されていた、と見るべきだろう。
さて、第二の方法として考え出されたのは夜間は鴉の天敵であるフクロウ二羽を昼間地上につないでおいて、鴉の攻撃目標としておく。夜行性のフクロウのために、しばしば夜襲をかけられて、ダメージを受けている鴉は、復讐のために必ずやってくるだろうと魚網30メートルをフクロウを狙ってきた際、鴉を一網打尽すべく張って待っていた。第一回は成功したが、二度目は絶対にカラスはよりつかなかった。
あの手この手と策を弄したがいずれも失敗。結局、鴉捕獲器ほかくき(ブラック・ボックス)を採用することになった。
これは、大型の黒い箱を作り、その中におとりを一羽入れておく。仲間がいると気をゆるし鴉は入ってくる。箱の中に入ってくるのは容易だが、飛び出せないように作ってある。これは新宿御苑の発案によるものであって、今までの仕掛けよりは、かなり有効であって、忽ちのうちに1ダース以上の鴉を捕獲することができた。
しかも、それも最初のうちだけで、二回目からは捕獲数は激減した、といわれているが、とにかく、ブラックボックスを各地に仕掛け、鴉を生けどることになった。

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新宿御苑、明治神宮、浜離宮、秩父、信州各地で、この方式を試みた結果、どうやら五百羽近い鴉を苦心さんたんの末、捕獲することができた。
それからがまた問題であった。
鴉を撮影現場で飛ばせるという段になると、映画的効果を主眼としなければならない関係上、飛ばせ方にもいろいろと工夫を凝らさなければならない。その上、現場の周辺の農協や果樹園からの苦情も無視できない。四苦八苦のすえ、ようやく妥協ができて、やっと映画本来の仕事にとりかかることができた。ほんのひとこまにすぎない場面に、そんなに苦労してまで、鴉を登場させねばならなかったのか、絶対に鴉の場面が必要だった。鴉という添加剤を使わなければ『楢山節考』という映画そのものがボヤけてしまう。つまり、それほど密接に人間世界の生死が鴉と係わりあいをもっていることに、われわれはあきれてしまうのである。

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  もう一つ人間鴉の話しがある。
それは森敦の名作『月山』に出てくる鴉のことだ。
私は秋田生まれだから、月山が湯殿山、羽黒山とともに、出羽の三山と呼ばれているぐらいのことは知ってはいたが、森さんの『月山』を読んで月山が月山である所以をしみじみと納得できた。
月山が死の山とも呼ばれ、おそれ山みたいな山かな(恐山にのぼったことがあるので)と漠然と考えていたが、読んでいくうちに、恐山的観念とは全然趣を異にした別の次元に属しているような世界の内懐うちふところに次第に引きこまれてゆくのである。
月山と一口にいっても、いくつかの峰々を内懐に抱えこんだ奥深い山であり、いわゆる単なる登山趣味の人たちが気軽に辿たどりつけるような山肌ではない。行者とか隠者とかの特殊な意識を持たないとうっかり踏みこめない感じだ。
ことに冬期の吹雪をおかして山奥へ潜入できるのは、鴉ぐらいのものだろう。それは「人間鴉」であって、決して行者でも隠者でもなく、俗人の中の俗人に属する類だが、とにかく鴉と呼ばれている。
月山でも、山ふところ奥深く峰を越え、雲を越えて一見無人地帯のように思われながら、やっぱり、小さな集落が幾つかあって、それなりにちゃんと生活しているのだ。平野に住んでいる人たちとはまるで違った生活意識を持たなければやってゆけそうもないが、古くからの土俗的習性が身についていて、自然の脅威にさらされながらも、案外、気楽に暮らしているようである。
そこへ、庄内平野から潜入してくるのが鴉の一隊だ。

その一隊が霧にまかれ、吹雪に煽られながら、凍死しかねない難路をおかして冬になると必ずやってくる。dare_p070

その一隊を鴉と呼ぶのは、空っぽのゴム製水枕を背負って、頭からすっぽり黒マントをかぶる。背中の水枕を隠すために――。集落ごとに、買いあさった密造酒を入れる水枕だから――。
これらの闇の酒買いを、集落むらの人たちは鴉と呼んでいるのだ。
黒マントの鴉たちは、どこそこの何兵衛とか何婆とかが密造酒を仕込む名人たちであるかを、鋭敏なカンでちゃんと当りをつけて山越え谷越えして吹雪の中を潜行してくるのだ。鴉とはよく言ったものである。トンビとかタカとかでは呼称の用をなさない。
「鴉」たちほど、彼らにピッタリした渾名あだなはあるはずがない。ただ黒マントを羽織っているからだけではない。鴉特有のカンの鋭さや、闇買いの取引の要領のよさなどを思うと、どうしても「鴉」としか呼べない。
その鴉が冬ごもりの村々に入ってくると、村一帯がなんとなく色めきわたり、はしゃぎ始めるように見える。
部落では、だれもかれも密造仲間と見ていい。相手がそ知らぬ顔をしていても暗黙のうち結託して、ぴたっと口をふさいでる。何よりも恐れているのは税務署の手入れのあることだ。もし、それが分かった場合、だれが密告さしたか、おおよそ分かってしまうらしい。――これだな、と目をつけられると、いつのまにかその者は行方不明になってしまう。消されたのか、みずから消えたのか、そんなことを詮索するものはひとりもない。
何年かたって、それがミイラになって、藪だたみの中で見つかったとか、そんな噂がつたえられたらしい。村人は何もかも知ってるくせに、みんなトボケているように見える。
鴉地震は密告することは絶対にない。両方とももちつもたれつで、合掌づくりのかや屋根の下で賑やかな酒盛りがあり、酔いどれのてが、手拍子で御詠歌が歌われ、それが崩れて猥歌がじり、情交の気配や目くばせがそれとなく行きかい、夜は濃厚に更けて行く。
朝だちの早い鴉たちは適当に切りあげて雪の十王峠も越えて遠く庄内平野へ消え去ってしまうし、それがしきたりである。
人間鴉のことを想うと遠い遠い月山の奥の奥の、貧しい集落の哀しげな、また楽しげな呼吸音が、わが耳に微かに聞こえてくるような気がする。dare_p072

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  鴉について、三遊亭円窓と顔を合わせる奇妙な機会にめぐまれた。鴉に関する落語を披露するので、ゲストとして出演してほしいとの要請である。
困ったなァ、と私は頭をかかえた。
落語とか講談とか新内とかは学生時代から好きで、よく席亭に通ったものである。そして円窓師匠からゲストとして指名されるちょっと前に、私は鶴賀伊勢太夫に会っている。それも偶然、修善寺のあさば旅館で泊まりあわせた。あさば旅館とは同郷のよしみもあり、且つ、あの辺はかなり鴉もいるので、私はしばしばでかけた。その夜は公演ではなく、私だけのために伊勢太夫が新内をきかせてくれるという好意に私はあえて甘えた。
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あさば旅館は能舞台で著名だが、その橋掛りで演じられた鶴賀伊勢太夫は、まさしく私をしびれさせた。
「明け烏夢のあわゆき」というのだが、鴉とは何の関係もない時次郎と浦里の心中物である。
雨のそぼそぼと降る夜に、江戸末期の庶民的抒情のめんめんと浸み入る語りが私を酔わせるに充分であったし、とりわけ「明け烏夢のあわゆき」のが利いたらしい。
鴉と字がつくと、窓ガラスであろうと、マリア・カラスであろうと、とにかく一応駆けつける。その点、はなはだ純情な鴉クレージーであることを告白せざるを得ない。
さて、それはそれでいいのだが、落語の高座で、ゲストとして出演するとなると、趣がたいへん違う。つまり円窓師匠と対談するには鴉を主題にするのは当然で、それを適当に面白おかしくやれるかどうかはなはだ自信がなかった。
私の出番は中入りの際であって、それが終るといよいよ円窓師匠の「水神」が始まる段どりになっていた。
この「水神」は、故菊田一夫が先代三遊亭円生のために書きおろした鴉を主題とする落語である。場所は、伊勢原市のムジクホール(音楽院)である。
いろいろ考えたあげく私は出たとこ勝負でやるだけと腹を決めて対談に臨んだ。
さすがに、そこは円窓師匠だけあって、場馴れのしない私を適当に誘導してくれて、ああ言えばこう言う式の対話がだんだん盛り上がっていった。私はいささか調子にのって、「人間鴉」という存在に話の筋を引き入れた。
鴉はたしかに恐ろしいが、人間の方がそれ以上に悪賢い――陰語では詐欺のことを鴉といったものだ――そんな風に話をすすめて行き、
「かくいう僕が鴉扱いを受けたことがあるんでね。これには参ったな――。カラスも鴉、結婚詐欺という犯罪カラスをやらかした当人になったというわけで」
これは自分が実際、体験したことなので、話し始めるとだんだん話し上手になり、聴衆も興にのって拍手が場内を圧した。
真犯人がただこちらの名前をかりて結構詐欺を働き、六本木の警察に逮捕された、というのが事実なのである。私自身の名をつかって別人が私になりすまして結婚詐欺を働いたのは、当の本人にとってはまさしく寝耳に水であった。

私はかけだしの、いわゆる「新進作家」であり、『新青年』やその他の雑誌に少しばかり写真入りで紹介された程度でそれほど有名な作家でないところに利用価値があったらしい。そこに鴉の狙いがあったのであろう。その名があまり知れわたっているとかえってやりにくいのが当然だから。
しかも当人は九州の片隅で教員をやっていて、東京在住ではなかったから、結婚詐欺を企むには好条件がそろっていた。相手が文学少女などであったら、案外、手軽に引っかかってしまうだろう。警察から新青年編集部に問合せがあったとき、大笑いして 「そんな派手なこと、あの作家には、間違ったって出来っこありませんよ。立派なアリバイがあります。当人は現に九州で教師をしているんですから」と立証したそうである。
落語の高座のゲストとして私がこの「人間鴉」の話をしたのが一番みんなの気に入ったらしい。

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 dare_p068「正直言って、あの事件を耳にしたとき、ひどく迷惑したって感じはなく、むしろちょっと得意げな、いや、羨ましい気さえしてね」と私はこの対談の終りにつけ加えた。
「当人はその詐欺師の顔も知らなければ、サギられた美少女(おそらく美少女だったろう)の顔も知らない。それがなんとも口惜しい、畜生、うまくやりやがったなァ、とけとばしてやりたいくらいだった。――しかし、それも遠い昔の話です。――昔の話って責任がなくって、いいもんですなァ」
そういうと、聴衆はいっせいに拍手をした。こうして私のゲストの役割も終ったのである。


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もうひとつ、黒のミステリーについて思いうかべるのは奥秩父の長瀞ながとろである。
あそこは地質学的にも特殊な所であって、単なる観光以上のものを含んでいる地域だが、私はそればかりでなく、鴉がいっぱいいるので、それに惹かれて、何回か出かけ、たいていはn・ペンションに1、2泊することになる。
そこのオーナーの女性が、どういうわけか、鴉好きなので、おのずから私とは親しい間柄となった。
たしか、私が秩父市郊外の画廊「ぎゃるりい鴉」で、私の鴉絵展を開いた際、いち早く『宇宙を呑みこむカラス』を、さらうようにして持っていったのが長瀞から来たペンションのオーナーだった。『宇宙を呑みこむカラス』なんていささか気負った画題だし、こんな作品はだれの関心も惹かないだろうと画廊の隅っこに隠すように置いてあったのを、彼女はまっさきに目をつけ手に入れてしまった。23、4の女性にしては珍しいと思わざるを得ない。
あとで画廊の受付けで聞いてみたら、彼女は混血ハーフだという。なるほど、混血ハーフだから日本の女性とは何か違ったものの見方をするのかもしれない。

  彼女のペンションは、十把ひとからげに民宿なみに扱われているけど、二階の各室はホテル級のちゃんとした建築であって、居心地がすこぶるいい。
この辺一体の鴉の動きが手にとるようにわかるのがその部屋の最も気に入った理由だった。鴉好きの彼女がすすめるだけのことは確かにあった。客のいない時はその部屋が彼女の居室みたいになる。彼女自身の部屋は階下のカウンター寄りにあるのだが、二階のここが鴉と遊ぶには好適だ。ここだと顔見知りの鴉たちが、一羽一羽かわるがわる彼女に挨拶にくるのだという。全くその通り、鴉の出入りはひんぱんだった。
都心でも鴉はよく見かけるが、こんなに近々ちかぢかと顔を見合わせてご対面するのは珍しい。
それも出窓の手すりにとまるだけであってそれ以上、室内に入ってくることはない。ちゃんとマナーを心得ている鴉たちである。
オーナーといってもまだ小娘で、混血ハーフには美人と多いといわれるが、彼女もなかなかの器量よしである。
「美人だと、鴉にもてるんだね」
「違うわよ――私のほうが鴉好きだからよ」
彼女はさらに続けた「私は人間が好きだったんだけれど、ここに移り住むようになってから、だんだん人間が嫌いになってきちゃったの。ハーフというと、どうしても差別されているって被害意識が出てくるのかしら? 鴉には差別感がないでしょう。だから、その文だけ鴉が好きになってくるのは仕方ないでしょう。鴉は黒い不吉な色をしているけれど、よく見るとこざっぱりしてあっけらかんとしていて、とても公平でこせこせしない。そういうところが大好きなの。長くつきあっていると鴉って、すごく魅力的な鳥ね。妖精のようなところもあるし――」

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  それから彼女はひとつの人形をとりだした。
「私はこれを『黒い妖精』と呼んでいるの。――それは秩父市外の別所で、ほら、『ぎゃるりい鴉』の画廊で人形展があった時、『カラス』と題名のついてるこれを買ったの――すてきでしょう」
なるほど「それが鴉」と、私は手にとってみた。手づくりの、普通の西洋人形である。よく見かける外国製の骨董アンティク人形とは違っていて、なぜかちょっと不気味な人形である。へんに生々なまなましい顔をしてどこかに息が通っているような感じだ。

「鴉って顔じゃないでしょう。すごく綺麗な貴族のお姫さまみたいな顔してるけど――。これを作った人形師は中年婦人なの。そのひとは言いました。これは『夢魔イトメア』で有名なスイスの幻想的な画家ハインリヒ・フュースリの描いたソフィアの横顔から暗示ヒントを得て作った顔なの。80歳のフュースリが、ひそかに恋していた若い娘(実はすでに人妻)ソフィアに、ちらっと悪魔的な呪いめいた哀しさを描き添えたので、それが効果的な印象を与えたといわれている。――その真似をして鴉の顔を仕上げたんだって説明したのよ。私はフュースリなんて知らないけど、この人形が大好きよ」dare_p061
黒いタフタ(薄い絹)とか、天鵞絨びろうどを適当にあしらって人形の衣裳にしてあるのが、それに包まれると不思議によく似合い、鴉といわれてみると、なるほどこれが鴉かと項突うなずかせるものがあるのだ。
「そして、その鴉人形は因縁つきなの」
混血ハーフの彼女は、この地区の女の子たちとはいくらか発想が違う気がするので、彼女のいわゆる因縁いんねんとは何か見当がつかなかった。

  昭和58年8月の台風5号が奥秩父でどんなに猛烈だったか――。その際の出来事だったという。なにしろ、彼女のペンションは河を庭にしているような立地条件だったので、荒川が氾濫したら手のつけようがなかった。彼女は豪雨と強風の中を命からがら避難した。重要な実印だとか証書など、貴重品はそのまま家に置き放しにして、手にしていたのはあの鴉人形『黒い妖精』だけだったという。
dare_p062  2日前から台風来襲予報もあって、泊り客は全くなかったので、要するに身ひとつで逃げだすだけのことだった。幾度かころびながらも、やっと安全地帯へ脱出することができた。
しかし、ハッと気がづいた時は、もうあの鴉人形『黒い妖精』とはぐれてしまっていた。どこで、手放したのか、烈風にもぎとられたのか全然おぼえがない。
聞いてみると黒い人形みたいのなのが荒川の激流の中でモミクチャになっているのを岩畳の上から見かけたというひとや、とろ場で浮かんでいる黒いのがそれじゃなかったかなどといろいろだった。
「でも鴉人形は溺れ死ななかったことはお分かりでしょう。こうして私が抱いているんだから」――と混血ハーフ娘は得意気だった。「宇宙を呑みこむ鴉だもの、台風ぐらいじゃ歯がたたないわねぇ」
つまり『黒い妖精』は台風一過のあと、ほんものの鴉が鴉人形が、とろ場の岩かどにひっかかっていたのをすくいあげて、ペンションまで届けてくれたのだという。
鴉たちは、鴉人形が、混血ハーフのオーナーといつも一緒にいるのをそのつど見かけているし、記憶力は抜群だし、これは持ち主の所へ届けるべきだという(そのくらいの抽象思考は当然できるから)その考え通りにしただけである。dare_p063
ずっと昔、中国の梁の武帝時代、「孝思賦」に『慈烏反哺以報親』とかかれていて、「哺とは口の中で反芻はんすうした食物のこと、雛鳥のとき親から口移しに食物を与えられたから、こんど親が年老いたら、子供の方から口移しにして親を養う」という意味で、つまり鴉にだって反哺の礼があるのだからとその孝をたたえているわけだ。鴉には恩を忘れない習性があるのだから、混血ハーフ娘と仲よかった鴉たちが『黒い妖精』を彼女に返してやったのはあるいは当然なことかもしれない。
鴉を人間の倫理観で規制するのは無意味だと思うけれど、鴉は不潔な生きものときめて「鴉の行水」などという言葉が一般化している。カラスはちょっぴり水面を掠める程度でことをすますと決めている。これも実際はむしろ逆であって、鴉本来の習性は大変奇麗好きだといわれ、水を浴びるにしても「鴉の行水」どころかかなりながながと沐浴しているのが常だ。
鎌倉の扇ヶ谷に住む知人の庭には池があって、あのへんは木立ちの繁みの深い所だから鴉の数も多く、しばしばその庭に鴉が水浴びにやってくる。それを見ていると「鴉の行水」なんて全く人間側の勝手な悪口にすぎないことがわかる。鴉はいちまいいちまい翼を洗いきよめるのだから15分ぐらいはかかるだろうと言っている。「隠言かくしことばの手引書」によると、悪いこととなると、「鴉」の符牒を用いることが多い。たとえば、あいつは「鴉」だというと「詐欺師」だということになる。keisuke020

  天海の開山した寛永寺は周知のように上野公園にある。動物園も、美術館も近接しているので、時々あのへんを歩いてみるが相変らず鴉が多い。
パンダのたぐいは、テレビで見るだけで沢山で動物園にわざわざ見にゆくほどのこともないと思っているのは、鴉のほうがより魅力的だからであろう。dare_p054
その鴉には、動物園側では、いたく手を焼いてると聞いた。
パンダの脱毛ぬけげを係員がひとまとめにして乾しておくと、いつの間にかなくなってしまう。カラスが来て、掠めとってゆくからだ。パンダの脱毛は鴉たちの営巣用には好適な資材である。
水墨画専門の画家から直接聞いたことだが、パンダの毛で作った筆は他の筆にはない面白さがあるとか。
私はカラスの羽根でその軸の部分から鵞ペン式のペンを作ってみた。これも使い方によってなかなか風合ふうあいのある字や画が描けるが、欠点はニブが裂けやすいことである。しかしそんなことで鴉自体の能力を評価されるべきではないと鴉の抗議を受けるかもしれない。
羽根をむしりとってペン先に使うことなぞ、鴉を愛するもののマナーではない。
dare_p056  黒い羽根そのものをじっと見つめてもらいたいのが鴉の本心だろう。黒の内包するミステリーは人間には(筆者自身を含めて)まだよく分かっていないようだ。
それについて、深大寺の鴉たちのことを思い出さずにはいられない。
三鷹市深大寺の神代植物公園界隈に、鴉軍団のねぐらが多い。公園の入園者が取り散らかした残留物、お弁当の食いのこしやジュース缶が、鴉たちにゆたかな食料を提供しているからだ。
公園に人影の多い時間帯は鴉たちは周辺の雑木林にこもって、鳴りをひそめている。閉園を告げる音楽が流れだすと彼らは活気づく。彼らはそのメロディをすっかり覚えこんでいて聞きのすことはない。公園事務所の係員が自転車で園内を一周して帰り遅れた人影がないかどうかを偵察し終ってからでないと、鴉たちは行動を開始しない。
あらかじめカラスの先遣隊員が要所要所の梢に配置してあるから、係員の方で先手のうちようがない。
警備員が立ち去ると、おびただしい鴉軍団がいっせいに降下して園内の清掃を始めるという手順である。
たとえば、ジュース好きのカラスはベンチに置き放しになっている空缶を点検する。飲み残しがある場合、たくみに缶をころがしながら、穴から流れだす残留分もきれいに飲みほしてしまうという。
公園内に捨猫をするひとが多い。転任とか、引越の都合とか、周辺の家から追いだされた猫たちは鴉と残飯を争うことになるが、もとより500羽以上もいる鴉の敵ではない。捨猫の多くは斃死へいしする。
ただし、不思議なことに黒猫だけは生き残るという。まるまると太った黒猫が鴉の群れとよく食物たべものをわけあっている風景を見かけると公園事務所は報告する。
なぜ黒猫だけが生き残るのか――。鴉の黒への偏愛の秘密ミステリーは公園事務所に訊いても判明しなかった。

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